このたび近畿地方を襲った台風21号、また北海道胆振東部地震により亡くなられた方々に追悼の意を表しますと共に、甚大な被害を受けた皆様に心よりお見舞い申し上げます。
立憲もふもふ党が萌えの視点で立憲民主党議員を紹介するBlog,
もふ🐾萌え図鑑 第四回は「鎌田さゆり」立憲民主党宮城県第2区総支部長です。
鎌ちゃん鎌ちゃんとツイッター上でみんなに親しまれている鎌田さゆりさん。秘書さんとの漫才のような軽妙なやりとりで知られている鎌田さゆりさん。
夏の暑い太陽が照りつける東京で、4名のもふもふは汗を拭きつつ鎌田さんのもふ萌えインタビューをさせていただきました。
参加したのは、みみやん、リベやん、電爺、まいまいの4名。
夏の暑い太陽なんて、もう忘れたって?申し訳ございません!諸事情のため公開が遅れましたが、満を持しての公開です。
鎌田さゆりさんは、立憲民主党宮城県連合幹事長。現在は宮城県第2区総支部長として仙台で活動されています。
まずはプロフィールから
1987年 東北学院大学 経済学部経済学科卒業
その後、結婚されお子さんの誕生をきっかけに政治家を目指す。1995年 仙台市議会議員 一期(仙台市泉区)
2000年 衆議院議員 二期(宮城二区)
文部科学委員理事
内閣委員理事
民主党国対副委員長 を歴任2015年 宮城県議会議員 一期(仙台市泉区)
特技 百人一首競技カルタ六段 元準クイーン、女流名人
趣味 料理、お菓子(アイスクリーム)作り
好きな食べ物 野菜全般、魚全般(ちなみにまわりの皆さんからは「鎌田の草食べ」と呼ばれているそうです。)
嫌いな食べ物 肉全般(牛や豚ちゃん達のつぶらな瞳を思い出してしまうそうです)
性格 人を笑かせたい 政治のめんどくさい話より若者の恋バナの相談に乗りたい
胸には熱い情熱を秘めながら、いつも元気で明るい笑顔がトレードマークの鎌ちゃん!
インタビューをご一読いただければ、みなさんも鎌田さんの前向きで明るい姿勢に元気をもらえること間違いなし!
【まずは代々木公園内で写真撮影会】
必ず緑の背景で写真を撮るという鎌ちゃん。今回も都会の緑ということで、代々木公園内での撮影をお願いしました。
鎌ちゃんは終始笑顔だしおしゃべりだし賑やかだし、とてもいい雰囲気で撮影が行われました。
明日は競技かるたの試合がある、という鎌ちゃん、かるたから国会議事堂まで、話題は尽きません。
撮影後は、猛暑の代々木公園を横切ってインタビュー会場のご飯屋さんへ。
途中で隊列が遠く離れてしまう場面がありましたが、そこは一緒に歩いていた秘書さんが猛烈にダッシュして鎌ちゃんに寄り添うという秘書魂も垣間見えて貴重な行軍となりました。
(お見せできなくて残念です)
さてさて、小一時間の行軍の後、今日の舞台であるカフェに到着。
まずは冷たいお水をググっと飲んで一息入れそれぞれランチメニューをオーダー。一人を除いて全て同じメニューをオーダーするという仲良しさをこの時点で発揮しました。(別にその一人を揶揄しているわけではありません。)
その掴みで、映画を観て涙が止まらなくなってこれがドライアイへの自浄効果だという鎌ちゃんに、秘書さんがすかさず、ただ単に映画に子供が出てたからじゃないんですかとのどっかで見たことのあるツッコミに一同大爆笑して、インタビューがはじまりました。
【まずは鎌ちゃんについて】
まずは、もふもふから『もふ萌え図鑑』企画の紹介をし、政治のことよりプライベートのことをたくさん聞きたいとお願いしたところ、鎌ちゃんは「わかりました。スリーサイズ以外はなんでも」と、快くOK(?)
一同、スリーサイズ???となりましたが、マスコミの候補者アンケートの調査票にスリーサイズを聞く項目があったりして、それに対し鎌ちゃんは「ほっといてください」とか「ボン・キュッ・ボン」とか書いといてくださいとかさすがの切り返しをしたことがあるのだそうです。当然、女性候補にだけ聞いている、マスコミのセクハラ体質が披露されました。
そして話題は写真映りの話に。選挙ポスターは盛るよねとの話に、鎌ちゃんは今までの黒歴史(笑)の説明。最初の方の選挙のポスターで息子さんに「これ宝塚じゃん」っていう心温まるツッコミがあったそうで…
(めっちゃありそう。見たい~と心の中で叫んでました)
お子さんのことが登場したことで、鎌ちゃんのお父様の話に。
―お父様は政治家だったんですか?
「正確には政治家ではない。自民党の東京の職員で、宮城に派遣されていた。蛇口をひねれば自民党と書いた水が出て、コメは自民党と書いた田んぼからとれて。山は富士山、野球は巨人で政治は自民党。敵は(労働)組合と生協。小さいころからそうやってきた」
鎌ちゃんの政治家としてのスタートは自民党でした。
「だから、仙台市議のときには、党籍は自民党に置いて会派は無所属の会に所属していた。そのときに、自分がやってることや政治が自民と違うということに気づいた。仙台弁いうと「いずい」(意味:居心地が悪い)という感覚があって、そのいずさをずっと抱えてて悩んでいた。」
当時は女性の議員さんといえば社民党が多く、女性議員のシンポジウムにひとりだけ自民党から参加したら、自民党の県連から監視の人が送られていたそう(;’∀’)
娘が無所属の会派に入ったことでお父様はバッシングの嵐に会ったということを後々聞かれたとのことですが、お父さんはそのことを一切鎌ちゃんに言わなかったのだそうです。自由に活動すればいいと言っていたそうです。カッコいい。
―政治家を目指したきっかけは何ですか?
「子供が生まれたこと。無防備な赤ちゃんって泣くことしかできない。意見を子供は言えない。子供を守るには大人がちゃんとしなければと思って、じゃあ自分がって思えた」
ー具体的にどのような活動をされたんですか?
「当時、仙台には「援助交際」の言葉のもとになってる、テレホンカードを買うような自販機があって、女子中高生が1000円、3000円、5000円で買うと電話番号が書いてあり、そこに電話番号をかけると、電話を受けた人が何時にどこのホテルに行って、などと指示するというのが横行していた。」
事実確認をしなければと、誰が買っていくのかを見張って調べたり、最後に自分でも買って確認してみたり、それを当時の総務大臣に届け、通信の秘密と通信の自由というところにもっていき、それでも公序良俗に反している、「大人の儲けのために性を安売りするのはおかしいでしょって」啖呵を切って、委員会室に(そのカードを)貼り出すなど、大暴れしたそうです。(行動力!)
【料理から競技かるたまで―鎌ちゃんの好きなもの】
鎌ちゃんの得意料理はアイスクリーム。材料を加えて作り進むとどんどん変化していくのが楽しいとのこと。(食べるのは息子さんみたい♪)
そして鎌ちゃんといえば競技カルタ(元準クイーンです)。はじめたきっかけはといえば、高校に入って本当は水泳部に入るつもりだったけど入った高校にはなくて(リサーチ不足?)、友達に誘われてたまたま仮入部してその当日に百人一首を素早く覚える方法を伝授され、これっきりと思ったのが明日はジャージで来てね~って言われて行ってしまってそこからずるずると続いていったそうです。
めきめきと腕を挙げたということですので、きっと向いていたんですよね。「ちはやふる」の話題でも盛り上がっていました。
【事務所Twitterの中の人との関係】
このインタビューのきっかけとなった、Twitterの中の人(秘書さん)に話が及びました。秘書さんは2人いて、今回同行していらした秘書さんは昨年の衆議院選がきっかけだったとのこと。ちょっと見た目ワイルド系だけどやさしい秘書さん、以前は政治の世界とはまったく違うお仕事だったそうなのですが、手伝っていた選挙期間中にコンビニで「離さないから」と口説かれたのだそうです。←キャー(≧∇≦)
鎌ちゃん的には秘書さんが自分にないPCの技術を持ってて補完してもらえるとのこと。(戦略的ですよね)
演説や街宣というのはどうやって覚えるんですか?与えられた時間ぴったりで終わらせる技術ってあるんですか?という質問があったのですが、そこから秘書さんの「演説そろそろ終わりましょう」のサインが鎌ちゃんに通じてなかったことが初めて判明して一同爆笑。終わりだって言ってるのに後1分だと思ってたんですって( *´艸`)。
【2017年衆議院総選挙の話】
ここからいよいよ昨年の衆議院選に出馬されたエピソードに。
当時、鎌ちゃんは民進党所属の県議会議員でした。9月議会中に議会の控室でたまたま観ていたテレビで「民進党解体、分裂。」というニュース速報を目にします。
その時控室にいた同じ会派の民進党県議たちは誰からも聞いてなかったので…
「冗談、違う、なんかの間違いだろうって」
でも、ニュースは次々流れる。民進党本部からは何も連絡は来ないし、国会議員は自動的に合流するとして地方議員はどうなるのか…?国政の都合で路頭に迷うならまだしも、あっち行けこっち行けというのはいい加減にしろ、という怒りが県議さんたちが怒り始めた。
一方鎌ちゃんですが、仙台で安保法制反対の活動もしていたし希望からの公認は来ないだろうと確信、後援会や応援してくれる人たちが「希望の党に行ってしまうのではないか」と心配する中、「私にとっては『希望』ではない。やってることが乱暴で、野望に満ちていて無謀だ。『絶望』になるに違いない」みたいなことを街頭演説で言ったら、それがそのままテレビ使われた。当時の民進の幹部から「欲望っていっただろ!」とおしかりを受けたそうです。
それなのに公認が来てしまった。電話で断りを入れ、書類も送ってくれなくていいから(公認名簿から)名前を外してくれと頼み、すぐに後援会の人がいるところで枝野さんに電話をしたそうです。
その時はまだ新党を立ち上げるかどうか決まっていなかったけれど、新党作るなら私の名前を入れて下さいと言って電話を切りました・・・そこからの紆余曲折で、鎌ちゃんは結局立憲民主党の公認候補ではなく、無所属として衆議院選挙を戦うことになります。「競技かるたに通じるところがあった」というその決断については、動画をご覧ください。
【立憲民主党と鎌ちゃん】
立憲民主党という党名について、鎌ちゃんはまさかこの党名を付けたのが枝野さんだと思わなかった(感激)といいます。立憲大事です。立憲主義と民主主義って一緒になくてはいけない。
今度は頭の向いている方向と足が向いている方向が一緒でやっと理想的なものができた、と話す鎌ちゃん。
すぐに立憲に行きたかったけど・・・そのいきさつについても少しだけ教えてくれました。
-なぜ無所属で出馬されたんですか?
「すぐに立憲民主党に行きたかったけど、行かないでくれと。旧民進党の幹部の方たちと選挙が終わる前には立憲に行かないから、でも選挙が終わったら立憲に行くからねと。」
当時の世論調査で東北の比例で立憲が取れるのは1人とみられていました(結果的には3人が比例当選)。宮城1区と2区、多くとった方が比例当選する。弱い方は落ちるとわかっていて出馬しなければならず、そんな辛いことはない。そうであれば、競技かるた(*)ではないけれど、強い方の自分が身を引いて、無所属で勝負しようと決めたのだそうです。
*競技かるたでは、その札をどちらが先にとったか判別できない場合、段やランクが上の人が譲る。
―今は宮城2区の総支部長とのことですが、総支部長というのはどのようなものですか?
総支部長とは選挙区の国会議員立候補予定者のこと。選挙区内で政治活動をするという点では変わりないが、総支部長は党を通じて政党交付金を受け取ることができる・・・ということで、公金なのでいろいろ厳しくチェックしているそうですよ。
来年ある統一地方選挙で自分の選挙区で候補者を擁立する役割もあり、今は選挙区内を飛び回っているそう。
「議員になる人は葉っぱじゃなく太い幹を出して、その人自身が枝をつけ葉っぱをつけなきゃいけないので、そういう方を探し出して選挙へ出るというところまで、時間もエネルギーもかかる」
民主主義は仲間作りなので、という鎌ちゃんは、今日も仲間の候補を求めて選挙区内をかけまわっています。
【国会に戻ってやりたいこと】
―再び国会議員になったら何をしたいですか?
まず教育。少人数学級の実現。
法律を改正することが国会議員の権限。子供たちの教育環境をニュージーランドのように大胆に変えたい。先生たちにゆとりを持たせたい。
子供のいじめの問題にも教育委員会は監視が足りないと言ってたが、子供は大人の姿を見ている。子供のいじめをなくそうと思ったら、大人がゆとりを持って生活できるように労働問題とか経済的な格差がなくならない限りいじめはなくならない。等々教育問題に対しての鎌ちゃんの思いが切々と語られました。
この後は鎌ちゃんからもふもふたちへの逆インタビューが続き、その内容はプライベートにかかわるので避けますが、そのことを真摯に聴く鎌ちゃんの姿がとても慈悲深くて印象的でした。以前に枝野代表が演説で言っておられた政治家の資質はまずは市民の声に対し傾聴できるか。そのことには鎌ちゃんは100%対応されていると感じました。
【インタビューを終えて】
このインタビューを終えた私の感想は、鎌ちゃんは明るさと慈悲深さにあふれながらもこの世の中をなんとかしていこうという情熱に溢れ、これこそ筆者の思う政治家像だなと感じました。
筆者は鎌ちゃんの選挙区から遠く直接お手伝いができるわけではありませんが、次の総選挙では絶対に国政に戻ってもらいたい、そんな思いを強くしたのでした。
【余談】
インタビューを終えた後、同じ場所で反省会という名のミニもふミが行われたこともご報告いたします。
Credit:
インタビュー:みみやん、りべやん(リベラルな小市民)、電爺でんすけ
写真・動画撮影:まいまい
執筆:リベやん
動画編集:ミエちゃん
協力もふ:路傍のK子さん、かみまる
編集:まいまい
撮影場所:Meals are Delightful